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英の創業物語 聞き書き・武田豊子一代記

第5章 大阪で小売店を初体験

青年職員 のちに母の伴侶

昭和29年、母に新たな転機が訪れます。梅田駅前にあったビルの1階に出店した直営小売店ナイロン・ショップに、店長としての赴任が決まったのです。

母にとっては、初めての小売店体験です。店頭には、広幅の生地や靴下などが所狭しと並べられていました。ナイロンとレーヨン交織のシャルマン、混紡のギャバジン、ナイロン100%の長繊維のツイル、デージープリント等々、見たことがないような生地もたくさんありました。それまで卸業しか経験のなかった母は、勝手がわからず、ずいぶん戸惑ったそうです。毎日の金銭の出し入れにはじまり、洋服の洋尺、新しい生地の知識…最初の1ヵ月は必要な知識を身につけるだけで四苦八苦でした。しかしこのナイロン・ショップ時代に、母はいろいろな方から商売の基本になることをたくさん教えていただいたのでした。

母は販売会社の人々と福岡県庁の水産課に挨拶を兼ねて指導を仰ぎに行きました

たとえば、店の手伝いに来た女性が宝石を身につけたままお客様の応対をしていた時、その姿をご覧になったあるお客様が、母にそっと耳打ちをしました。「商売人は、お客様よりも高価なものを身につけたり華美な格好をしては駄目。お客様よりもいつも一歩下がったところにいるのが本当の商売人ですよ」。以来、母はその忠告を守り、よほど大きなパーティか結婚式以外は決して指輪をしませんでした。私も教えられた心構えのひとつです。

また、販売会社の社長からも、商売の根本を教えていただきました。なかでも「お客様からお小言を頂戴した時こそが、チャンス。トラブルを上手く解決してこそ本当の意味の信用が得られる」という言葉は深く胸に刻まれたようで、ことあるごとに社員に申しておりました。他にもコートの着せ方、履物の揃え方に至る細かいところまで実にきめ細かにご指導いただいたそうです。床が汚れていたのに気づかずにいて厳しく叱責を受けた時などは、わずらわしく感じたそうですが、「自分の店を持って初めて理解できた」と語っていました。万全の態勢でお客様をお迎えするということがいかに大切か、どんな心構えでなければいけないのか。社長はその時、床の汚れそのものよりも母たちの気配りのなさを叱責されたのだということが、身にしみてわかったのです。

母は販売会社の人々と福岡県庁の水産課に挨拶を兼ねて指導を仰ぎに行きました

店もなんとか軌道に乗り始めた昭和30年の秋には、初めての「きものショー」を開催しました。ショーといってもマネキン人形に着物を着せて飾っておくという、いわば展示会のようなものです。着物だけでなく、合成繊維のブラウスやカッターシャツ、靴下やストッキングまで展示したそうですが、これが大成功をおさめ、展示商品も飛ぶように売れました。以来この「きものショー」は恒例行事となりました。

こうしてこの時代にいろいろな方から教えられた心構え、身につけた小売りのノウハウが、のちに母が手がける商売の土台となっていったのでした。

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