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英の創業物語 聞き書き・武田豊子一代記

第9章 出店に至る道

車を所有

私と妹、曾祖母の世話を伯母に託すことで身軽になった母は、本格的な商売の道へ身を投じます。まず、やはり足場は都心にあったほうが何かと便利だということで、父母は飯田橋にある今の本社ビルから2、30メートルの場所にあったアパートに居を移しました。といっても部屋は6畳と4畳半の2間。その4畳半を事務室に、6畳を商品置き場にして、商品の間に布団を敷いて寝む生活です。この時点でも父は会社勤めを続け、母はアルバイトの男子学生とふたりで着物の行商をしました。店を持つことも検討したのですが、お客様から「店は立地条件によって当たりはずれがあるから、最初は車を買って行商を続けなさい」と助言されたのです。その頃は今のように車を所有する人はまだ少なく、初めて車を買った時はまるで天下を取ったような気持ちになったと、母は当時の無邪気な喜びを語ります。

車という足ができることで行動範囲が広がるとともに、お客様もさらに増えていきました。たいへんご贔屓にしてくださった料亭のおかみさんには、着物の知識から置屋のしきたりに至るまで教えていただくなど、ここでもお客様に助けられての商いでした。また、柳橋などを走っていると、芸者さんに呼び止められ、車のトランクを開けて品物をお見せしてその場で注文を受けるといったことも珍しくなかったそうです。時は需要が供給を大きく上回っていた高度成長のまっただなか。路上でも着物が売れた時代があったというエピソードは、今も語りぐさになっています。

頃ナイロン・ショップでよく売れていた洗えるきもの

やがて拠点となったアパートには、父母に加え、アルバイトの男子学生も泊まり込むようになりましたが、商品が増えるにつれて人の寝場所がどんどん侵食され、押し入れの中から、ついにはベランダまで押しやられる状況に。もっと広い場所への引っ越しが、抜き差しならない急務となっていました。

男子学生

 
 
そんな折も折、偶然のご縁から、アパートのほど近くで理想にかなう物件に出会い、とんとん拍子に賃貸契約を結ぶに至りました。まだできたばかりのビルで、借りたのは8坪ほどの路面店に2階の住居部分付き、まさに今までとは雲泥の差の広さ。母たちは子どものようにはしゃぎ合い、開店を9月初めと決めて、準備にとりかかったのです。

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