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英の創業物語 聞き書き・武田豊子一代記

第10章 初めての店舗

高名な日本画家である伊東深水氏の手によるロゴが完成

開店準備の奔走が始まりました。店を持つからには、会社として体制を整えることが必要です。ふたりに増えていたアルバイトの男子学生は、卒業と同時に社員に採用しました。問題は屋号です。わかりやすく覚えやすく、末長くお客様に愛され、しかも縁起がよくなければなりません。母は昔から、名前の画数に強いこだわりを持っていました。信頼を寄せる人に相談し、これなら申し分ないと決定したのが「きもの英」の屋号でした。さらに当時のお客様のご縁で、高名な日本画家である伊東深水氏の手によるロゴが完成しました。現在も使用している、あの書き文字です。今となっては本当に貴重な宝物となりました。こうした会社の組織化と開店準備は、目まぐるしくも希望に胸躍るものでした。

福岡の祖母が危篤

ところが準備も佳境に入った8月22日、福岡の祖母が危篤との知らせが入りました。そして駆けつけた母を待っていたかのように、息を引き取ったのです。娘の顔を見るために命を長らえさせていてくれたのかと思うと、涙が止まらない母でしたが、この時、開店まであと10日。お葬式を済ませると、初7日も待たず、東京に戻りました。

本格的な商売の道へ

そんな悲喜こもごもの思いを胸に、着物の行商を始めて約2年後の昭和42年9月、「洗えるきもの専門店 きもの英」は開店の日を迎えたのです。当時の飯田橋は、駅前の神田川に多くの材木が置いてあり、周囲には印刷工場が建ち並ぶ街。とても女性客相手の呉服屋などが商売をする場所ではありませんでした。それにもかかわらず、開店の日は多くの芸能人の方々からの花輪が並び、それは華々しい光景だったそうです。お客様も日頃から懇意にしてくださっていた方々が大勢お運びくださいました。しかしながら母は、その日のことは何も覚えていないそうです。記憶にあるのは、「ただただ自分の店が持てたことが嬉しくて、お客様がお見えになるたびに一生懸命ご説明申し上げて、1階の店と2階の事務所をこまねずみのように行ったり来たりしていたことだけ」。絶頂の幸福感を味わいながらも、ここに至るまでにさまざまな方から受けたご恩を反芻し、ひとつずつ返していかねばと、決意を新たにした母です。

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