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英の創業物語 聞き書き・武田豊子一代記

第19章 母の故郷を訪ねてT〜上海紀行〜番外編

段々年老いていく母を見ながら2年前の春、上海へ行ってみようと思いました

父の死から丸12年。創業者である母も今は86歳。一日の大半をベッドで過ごしています。昨日のことは覚えていないのに若い頃のこと、上海の思い出などは何度も何度も繰り返し語る母。段々年老いていく母を見ながら2年前の春、上海へ行ってみようと思いました。今なら間に合うかもしれない、今ならまだ母と同じ目線で一緒に上海の思い出話をすることが出来るかもしれない。その思いにかられ2014年4月、機上の人となりました。

「私はね、サッポロに住んでいたの。」「大きな橋を渡って銀行に勤めていたの。」きれぎれの話をつなぎ合わせると当時の日本人租界、乍浦路356というのが母の住所だったようです。一階が理髪店で4階立ての小さなビル。戦前のそんな家が残っているとは到底思えませんでしたが、とりあえず行ってみましょう。なかったら変貌した街の写真を見せてあげましょう。

当時の日本人租界、乍浦路356というのが母の住所だったようです

上海に着いた翌朝、地図を片手に母の家を探してみました。「乍浦路356」母の70年前の記憶だけが頼りのなんとも心もとない家探しです。でも戦前の区割りとほとんど違わない上海ではそんなに難しいことではありませんでした。あったのです!母の記憶の通りの家が!ちゃんと乍浦路356の住居表示と共に!!

祖父の理髪店だった一階は洋装店になっていました。中が見たかったのですが、まさか勝手に上がり込むわけにもいかないし。そこで一計を案じました。クレジットカードのサービスセンターに電話をして「戦前この家に住んでいた日本人の娘です。家の中を見せて頂けませんでしょうか?」という趣旨の手紙を書いてもらいホテルのビジネスセンターにFAXしてもらいました。その手紙を持ってもう一度母の住んでいた家にとって返したのです。

その手紙を読んだ住人の方は快く中に入れてくれました。内装こそ変わっていましたが母の言っていたように、突き当りがキッチン、その右奥がお風呂。左手には階段があって、、、ああ、何もかもが母の思い出のままでした。そこには若かりし頃の祖父が働いているようでした。傍らには祖母が佇んでいるようでした。4階の母の部屋からは少女時代の母が私を見下ろしているようでした。そこにはまぎれもなく私の祖父母、母の人生の営みがあったのです。私の知らない私のルーツがあったのです。
「謝謝、謝謝」何度もお礼を繰り返し述べ、母の家を後にしました。

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