当時はまだ洗える着物の専門店はどこにもなかったはずです。また、その時代はちょうど高度成長期のまっただなかで、モノがあってもあっても足りない時期でした。そんな時代の追い風も受けて、ありがたいことにほとんど宣伝らしい宣伝をしなかったにもかかわらず、お客様は口コミで人から人へと広がっていきました。
もっとも、当初に英が扱っていたのは、今のようなオリジナル商品ではありません。今でこそ技術も格段の進歩を遂げましたが、当時は生地自体もバサバサした手触りで、静電気も起きやすく、本当にご満足いただける品質にはほど遠いものでした。それゆえに世の中の認識は、洗えるきものイコール安かろう悪かろう、初心者向きの着物だ、という見方がほとんど。
しかし母の主張はこれとは真っ向から対立するものでした。洗えるきものほど便利なものはない、着物を着尽くした人にこそ選んでもらえる価値があるはずだと。そこからついにオリジナル商品に着手していくわけですが、そのくだりはのちの章でゆっくりとお話しさせていただきたいと思います。何もかも手探りのなか、母は商いの一方でお客様のご要望にお応えできる洗えるきものをお届けすべく、商品づくりにも情熱を傾けていたのでした。
こうした母の独立創業物語は、花登筐作・新珠三千代主演の『新・細腕繁盛記』として全26話でテレビドラマ化もされ、昭和48年8月から半年間、放映されました。ご記憶にある方はいらっしゃるでしょうか。取材に基づいて脚本が書かれ、母の語り口がそっくり写されていたことに驚きました。なかには色出しの苦労など、母がよく話してくれたエピソードがそのままドラマになっていたところもあり、感動しました。また、従業員が反物をくるくる巻き上げる店内のシーンでは、番頭たちがエキストラで出演したことも懐かしい思い出です。
そして、現実の創業物語もこれからがクライマックス。高度成長期の高揚感のなか、希望をもってひたむきに前に進んだ母の仕事人生は、ますますパワフルに展開していくことになります。